
1980年代から90年代にかけて、テレビのオカルト・心霊特番を席巻した希代の霊能力者、宜保愛子。
独特の落ち着いた語り口、どこか神秘的な佇まい、そして数々の著名人の過去や霊視を的中させたとして社会現象を巻き起こしました。
後年にはメディアからの激しい真偽批判やバッシングに晒され、静かにテレビの表舞台から姿を消し、2003年にこの世を去りました。
彼女の能力については今なお賛否が分かれますが、その存在感と語るエピソードの生々しさは、他の追随を許さない圧倒的なリアリティを放っていました。
そんな彼女が生涯忘れ得ぬ体験として語ったのが、21歳のときに経験した臨死体験です。
重い病の床で生死の境をさまよった彼女が見た世界、そして彼女を救い出した亡き兄弟たちの物語を紐解きます。

布団が畳の奥へ沈み、もう一人の自分が抜け出した夜
昭和20年代後半、21歳の宜保愛子は重い腎臓炎を患っていました。
高熱にうなされ、夕方に布団へ入ったものの、意識は朦朧とし、心臓は締め付けられるような激しい痛みに襲われます。
生命の灯火がまさに消えかかろうとしていたその時、極めて奇妙な感覚が彼女を襲いました。
敷いているはずの布団が、まるで底のない沼のように、畳の奥深くへ30センチほど沈み込んでいくような感覚。
あ、沈んでいく……
そう思った瞬間、後頭部から前へ向かって、すーっともう一人の自分が抜け出していくのを感じました。
肉体を脱ぎ捨てた意識は、自分の意思とは関係なくふわりと宙へ浮上し、背中の一部が天井に磁石で吸い付けられるようにぴたりと張り付いたのです。
眼下には、苦しそうに横たわる自分の肉体。
しかし、天井に浮かぶ彼女にはもはや苦痛も息苦しさもありませんでした。
浮遊したまま音もなく障子を開けると、ひんやりとした板張りの廊下に裸足で降り立ちました。
そのまま玄関の隣の部屋へ入ると、すっと足が床に着く感覚を取り戻します。
部屋の仕切りには、7〜8センチ間隔の格子が入ったガラス戸がありました。
神経質だった彼女は普段からガラスに直接触れる感触が苦手だったため、無意識のうちに木の桟だけに指をかけて静かに戸を開けました。
そこに立っていたのは、思いもよらない人物でした。

戦死した兄の冷たい作り笑いと、心地よい赤土の道
薄暗がりの中に立っていたのは、海軍の少年兵として戦地に赴き、帰らぬ人となった実の兄でした。
がっしりとした骨太の体格に、目深にかぶった軍帽、銀縁の眼鏡、そして当時のままの凛々しい軍服姿。
生前の兄そのものでした。
兄は彼女を見ると、静かに言いました。
行こう
大好きな兄との予期せぬ再会に、彼女は歓喜してついて行こうとしました。
しかし、ふと見上げた兄の顔に違和感を覚えます。
兄は笑っていました。
しかしそれは、妹との再会を心から喜ぶ笑顔ではなく、能面のように感情の抜け落ちた、凍りつくような作り笑い!だったのです。
得体の知れない冷たさを感じつつも、彼女は兄に導かれるがまま玄関を出て歩き始めました。
外へ出ると、いつも見慣れた景色は完全に消え去っていました。
本来なら玄関先には小砂利の敷かれた小道があるはずなのに、そこには見たこともない見事な赤土の道がどこまでも真っ直ぐに伸びていたのです。
気づけば、先を歩いていたはずの兄の姿はどこにもありませんでした。
しかし、不思議と不安や恐怖は湧いてきませんでした。
素足で踏みしめる赤土の感触は、冷たくも硬くもなく、足の裏を傷つけるような小石もゴミも古釘ひとつ落ちていません。

サクッ、サクッとした柔らかで心地よい感触が、素足の裏からじんわりと伝わってきます。
季節は厳冬のはずでした。
それなのに、肌を撫でる空気は春のように穏やかで、どこまでも爽やかでした。
ふと右手の低い窪地に目をやると、真っ白な大輪の菊の花が一面に咲き誇っていました。
自然界ではあり得ないほど、すべての花が全く同じ大きさ、全く同じ完璧な形をして、音もなく咲き乱れていたのです。
川幅5メートルの境界線――現れた弟の涙
赤土の道をさらに歩いていくと、やがて視界が開け、川幅が5〜6メートルほどある大きな川に行き当たりました。
川の水は驚くほど澄み切っていましたが、魚や水草といった生命の気配は一切ありません。
鏡のように静謐な水面がただ流れていました。
あの川の向こうには、一体何があるのだろう
対岸を見渡すと、正面からやや左手にかけて、木々の生えていない滑らかな小高い丘が連なっていました。
その不思議な景観は恐ろしさよりも、彼女の中に強い好奇心と冒険心をかき立てました。
渡ってみたい
彼女は着ているものの裾をたくし上げ、足元を濡らして川へ踏み出そうとしました。
その瞬間です。
目の前の空間が揺らぎ、突然、一人の少年が立ちはだかりました。
過去に交通事故で命を落とした、幼い実の弟でした。

弟は生前よく着ていたベージュの上下の服を着て、必死の形相で両手を大きく左右に振り、彼女の胸元を押し戻そうとしていました。
来ちゃいけない! 来ちゃいけないよ!
声にならない叫びとともに、弟は全身で彼女が川を渡るのを阻み続けます。
その時、遥か彼方から、現実の世界の声が重なるように響いてきました。
愛子! 愛子、しっかりして!
必死に自分を呼ぶ、母の悲痛な叫び声でした。
それでもなお、強い力に引かれるように川を渡ろうとした彼女の足が、完全に止まる瞬間が訪れます。
目の前で自分を押し戻そうとしていた弟の表情が、突如として激変したのです。
弟の大きな瞳から、大粒の涙がボロボロと溢れ出し、顎を伝ってぽたぽたと落ちていきました。
悲痛に歪む幼い弟の泣き顔。
その涙を見た瞬間、彼女の胸に戻らなければならないという強い衝動が走りました。
家に帰ろう
彼女がそう心に決めて踵を返した瞬間――
カッと強い光が差し込み、彼女は現実の布団の上で目を覚ましました。
目の前には、涙で顔を濡らしながら必死に呼びかける母の顔がありました。
彼女は、川の向こう――
すなわち霊界へ足を踏み入れる寸前のところで、先に旅立っていた兄弟たちの力によって、こちらの世界へと押し戻されたのです。

死の境界線が遺したもの
臨死体験の報告において、美しい花畑、心地よい道、渡ってはならない川、そして先に亡くなった肉親との遭遇は世界中で共通して語られるモチーフです。
宜保愛子が21歳で見たその光景は、まさに人類が古くから語り継いできた彼岸と此岸の境界線そのものでした。
作り笑いで死の世界へと誘おうとした兄と、涙を流して生の世界へ押し戻そうとした弟。
相反するふたりの兄弟の姿は、生と死が隣り合わせであること、そして魂が死後もなお強い意志を持ち続けていることを、彼女自身の肉体と魂に深く刻み込む原体験となったに違いありません。
彼女が後に希代の霊能者として多くの人々の霊を視つめ、死者の想いを代弁し続けた背景には、この凍りつくような冬の夜に体験した、圧倒的な死のリアリティがあったのです。
筆者のひとりごと
宜保愛子さんのこの臨死体験の記録を読むたび、映画のワンシーンのような鮮烈な色彩と、どこか物悲しい静けさに強く引き込まれます。
特に印象的なのは、兄と弟の対比です。
戦死した兄は軍服を着て作り笑いを浮かべ、交通事故で亡くなった弟は涙をボロボロ流して押し戻す。
もしこれが単なる熱病による幻覚なら、もっと曖昧で都合の良い夢を見そうなものですが、この細部の生々しさと心理描写のリアルさは、体験した本人にしか語れない凄みを感じさせます。
私たちは普段、忙しい日常の中で死を遠いものとして扱いがちです。
けれど、彼女が足を踏み入れたあの赤土の道のように、生きている世界と向こう側の世界は、ほんの一枚の薄紙を隔てたすぐ隣にあるのかもしれません。
彼女の霊視の真偽についてはいろいろな議論がありましたが、少なくとも彼女自身が見つめていた死後の世界への眼差しは、哀切と家族への愛情に満ちていたのだと感じずにはいられません。


