聖なる詐術か神の化身か サティヤ・サイ・ババ その「奇跡」の深淵

​オレンジ色の衣をまとい、アフロヘアーを蓄えたその男が掌を軽く返すと、虚空から銀色の粉(ヴィブーティ)が溢れ出す。

あるいは、口の中から黄金のリンガムを取り出し、信徒たちの度肝を抜く。

かつて、この極東の島国をも熱狂の渦に巻き込んだ聖者、サティヤ・サイ・ババ

​彼が去ってから久しい今、あえて問い直してみたい。

あの微笑みの裏側に隠されていたのは、全知全能の「神」の慈愛だったのか。

それとも、巧妙に仕組まれた奇術の残香だったのだろうか。

​アフロヘアーの救世主、その出現

​1926年、インド南部の小さな村プッタパルティ。

一人の少年が私はシルディ・サイ・ババ(19世紀の聖者)の生まれ変わりであると宣言したとき、すべては始まった。

彼の名はサティヤ・ナラヤナ・ラジュ。

のちのサティヤ・サイ・ババである。

​彼は瞬く間に世界的なアイコンとなった。

彼が掲げた愛と奉仕という至高の理念は、冷戦下の混沌とした世界において、人々が渇望かつぼうしていた心の安らぎそのものだった。

世界各地に設立されたアシュラム(修行所)には、王族から大統領、そして名もなき市井の人々までが救いを求めて列をなした。

物質化現象「無」から「有」を生む指先

サイ・ババを語る上で欠かせないのが、いわゆる物質化現象である。

  • ヴィブーティ(神聖な)空中から無限に湧き出す灰。
  • 指輪やネックレス 一瞬にして現れる高価な宝飾品。
  • リンガム シヴァ神の象徴とされる卵形の物体を口から吐き出す。

​信奉者たちは、これらを宇宙のエネルギーを物質化した奇跡と呼び、涙を流してひれ伏した。

しかし、一方で科学者やマジシャンたちは冷ややかな視線を送り続けた。

あれは手品(スライハンド)に過ぎないと。

​隠し撮りされたビデオには、彼が袖口から何かを取り出すような、あまりにも人間的な動きが記録されていたこともある。

だが、議論は平行線のまま。

信じる者にとって、それは信仰の試練であり、疑う者にとって、それは世紀のペテンであった。

​巨大帝国の光と影

​サイ・ババが築き上げたのは、単なる宗教団体ではない。

それは教育、医療、水道事業を網羅する奉仕の帝国だった。

​インドの乾燥した大地に水を引く巨大プロジェクト、世界最高峰の設備を誇る無料の総合病院。

これらは彼が私利私欲のためだけに動いていたのではないことを証明する動かぬ証拠として今も機能している。

彼が亡くなった際、インド政府が国葬をもって送り出した事実は、彼がいかに国家レベルで影響力を持っていたかを物語る。

​しかし、その輝かしい光の裏には、常に暗い影がつきまとっていた。少年への性的虐待疑惑、アシュラム内で発生した殺人未遂事件、そして莫大な隠し資産の噂。

沈黙を守り続けた聖者の瞳の奥には、一体どのような景色が映っていたのだろうか。

遺された「謎」という遺産

​2011年、サティヤ・サイ・ババは「神の体」を脱ぎ捨てた。

彼が予言していた自身の寿命とは異なるタイミングでの死は、再び論争を巻き起こした。

​彼がいなくなったプッタパルティのアシュラムは、今も静かに時を刻んでいる。

彼をペテン師と切り捨てるのは容易だ。

しかし、彼が数百万人の人生を変え、絶望の淵にいた人々に生きる希望を与えたという事実は、どれほど巧妙な奇術であっても説明しきれない。

​私たちは、彼が見せた奇跡に惑わされていたのかもしれない。

だが、本当に神秘的だったのは、彼が操った物質ではなく、人間がいかに信じ、いかに救われたがっているかという、その心のメカニズムそのものだったのではないだろうか。

​オレンジ色の残像は、今もインドの熱風の中に揺らめいている。

​筆者のひとりごと

​昔、テレビの特番でサイ・ババを見た時の衝撃は忘れられません。

あの怪しげで、それでいて強烈に惹きつけられるオーラ。

大人になってトリックだという検証動画をいくつも見ましたが、それでもなお、彼の名前を聞くと胸がザワつくのはなぜでしょう。

​結局のところ、彼が神だったのか奇術師だったのかという二元論に意味はないのかもしれません。

彼が作り出したのは、人々が現実の苦しみから逃避するための、あまりにも巨大で美しい夢の空間だった。

その夢のおかげで救われた命が本当にあるのなら、それはある意味で、どの奇跡よりも本物だったと言えるのかもしれません。

​ただ、アシュラムの地下から発見されたという膨大な金銀財宝の話を聞くと、やはり彼はこの世の重力から逃れられなかった、一人の人間だったのだとも思わされるのです。

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