
東京都世田谷区、下北沢。
霧の下北沢タイムリープ事件!
鐘崎リリカの記憶。
再開発が進み、街の姿がどれほど変わろうとも、この街の路地裏には時折、説明のつかない隙間が顔をのぞかせることがあります。
これは、2018年に彼女が体験した、あまりにも奇妙で、そして摩訶不思議な記録です。
霧に包まれたシモキタ、迷い込んだ昭和レトロ
2018年のある深夜。
仕事に追われ、心身ともに疲弊していた私は、ふと思い立ってデジタルデトックスを敢行することにしました。
スマートフォンを自宅に置き、クレジットカード一枚だけをポケットに入れて、着の身着のまま夜の街へ。
深夜1時を回った下北沢。
長年この街に住んでいますが、あの日ほど深い霧に包まれた街を見たことはありません。
街灯の光がぼんやりと滲み、見慣れたはずの風景がどこか遠い異郷のように感じられました。
向かったのは、当時まだ朝方まで営業していた馴染みの焼肉店。
しかし、暖簾をくぐった瞬間に違和感が走ります。
改装したのかな…?
店内は、以前の面影を残しつつも、妙に生々しい昭和の空気感を纏っていました。
いつもなら2階の席へ通してくれる馴染みの店員もいなければ、出迎えたのは全く見覚えのない店員。
そのまま1階の奥まった席へと案内されました。

存在しないはずの男たち、噛み合わない会話
そこには、数名のサラリーマン風の男性たちが盛り上がっていました。
肉を頼みすぎちゃってね。
残すのももったいないから、良かったら食べていかない?
そう声をかけられ、私は彼らのテーブルに相席することになりました。
しかし、間近に座ってすぐに、猛烈な違和感が襲いかかってきます。
彼らの服装です。
今の時代には見かけない、肩パッドの張ったダボっとしたシルエットのスーツ。
そして、6人全員がかけている、不自然に大きなフレームの眼鏡。
会話も、どこかピントがずれていました。
六本木の『キンコンカ』って知ってるかい?
昭和53年にオープンした最高のナイトクラブさ…
楽しそうに語る彼らの言葉に、私は首を傾げるばかり。
1978年の出来事を、まるで昨日のことのように話すのです。
「大谷」という名の禁句
さらに奇妙なことが起こりました。
野球の話になり、私が何気なく大谷翔平とか見ますよ、と答えた瞬間。
賑やかだったテーブルが、凍りついたように静まり返ったのです。
6人の男たちが、一斉に目が点という表現そのものの顔で私を見つめています。
そこへ追加の肉を運んできた店員が、私の耳元で低く囁きました。
大谷とか、言うな…。
なぜ注意されたのか、その時の私には全く理解できませんでした。
彼らが熱心に語っていたのは、長嶋茂雄や王貞治といった、黄金時代のスターたちの話。
2018年の常識は、その空間では存在しない未来の話だったのです。
そろそろ失礼します、と席を立とうとした時、隣に座っていた男性がメモ帳を取り出しました。
来月の25日に私の誕生日会をやるんだ。
良かったらおいでよ。
覚えていられるか自信がありませんと私が返すと、彼はメモ帳の端を破り、6月25日と力強く書き込んで手渡してくれました。
お返しに何か連絡先を、と思いましたが、スマホを持っていません。
私は彼のメモ帳の余白に、自分のLINE IDを書き込みました。
彼はそれを見て、不思議そうに首を傾げていました。
ライン…?
という言葉すら知らない様子で。
最後に年齢を尋ねると、彼はこう答えました。
昭和一桁生まれの、47歳だよ…
昭和一桁(1926年〜1934年)生まれが47歳。
逆算すれば、そこは昭和55年(1980年)前後の世界だったことになります。
店を出て、彼女が顔を上げると、そこには先ほどまで歩いていた令和の下北沢ではなく、見たこともないそれでいて、どこか懐かしいセピア色の街並みが広がっていました。

5年後の2023年、鳴り響いた通知音
帰宅後、霧が晴れた下北沢で正気に戻った私は、彼らの言っていた「キンコンカ」や野球の話題を調べました。
すべては昭和55年の出来事と一致していました。
あれは、時代のエアポケットだったのだろう。
そう自分を納得させ、奇妙な一夜の思い出として心の奥底に沈めてから5年。
2023年のある日、私のスマートフォンに1通のLINEが届きます。
このLINE IDは、現在使われていますか?
送り主は、全く面識のない人物でした。
震える手で返信を打つと、衝撃の事実が返ってきました。
亡くなった祖父の、昭和50年代に使っていた手帳を整理していたら、メモ欄にあなたのLINE IDが書かれていたんです。気になって連絡してしまいました。
送り主の祖父は、2020年に他界。
2018年当時、その方は病気で入院しており、下北沢の焼肉店に行けるような状態ではなかったといいます。
しかし、その手帳には、確かに私のLINE IDが記されていた。
1980年の世界で、47歳だった彼が持っていたメモ帳に。
私は2018年から1980年へ、LINE IDという未来の足跡を残し、彼はそれを大切に手帳の中にしまい込み、40年以上の時を経て孫へと繋いだ…
下北沢の霧の夜。
私は確かに、時空のさざなみを越えて、昭和の熱気の中に座っていたのです。

筆者のひとりごと
このお話、あまりに出来すぎていて自分でも鳥肌が立ちました。
昭和55年といえば、ちょうど王貞治選手が現役を引退した年。
大谷翔平選手なんて名前を出されたら、当時の野球ファンからすれば未来人か宇宙人が現れたような衝撃だったんでしょうね。
店員さんにたしなめられたのも、タイムパラドックスを防ぐための時空の番人の配慮だったのかも…
なんて妄想してしまいます。
でも、一番切ないのは、40年以上も前の手帳に、当時存在もしなかったLINEという文字を書き残したおじいさんの気持ちです。
彼はどんな思いで、その意味不明な文字列を眺めていたのでしょうか。
もしかすると、いつか来る未来の彼女を待っていたのかもしれませんね。


