
「1999年7の月、空から恐怖の大王が降ってくる」
このあまりにも有名なフレーズは、1973年に出版された五島勉氏の著書『ノストラダムスの大予言』によって日本中に広まりました。
そこから四半世紀にわたり、日本人はこの期限付きの終末と付き合うことになります。
「どうせ終わる」と刹那的に生きた若者たち
最も影響を受けたのは、当時の子供や若者たちでした。
勉強しても意味がない
1999年に世界が終わるなら、受験も就職も無意味だと考え、無気力になってしまうケースが見られました。
貯金を使い果たす
2000年以降の生活を想定せず、アルバイトで貯めたお金をすべて趣味や遊びに使い切ってしまった人も少なくありません。
オカルト・ビジネスの隆盛
不安は巨大なマーケットを生み出しました。
シェルター販売: 恐怖の大王
(核戦争や隕石と解釈された)から逃れるため、数百万円から数千万円する家庭用核シェルターが実際に売れていました。
予言解説本の乱立
1999年が近づくにつれ、書店にはどうすれば生き残れるかを説く怪しげな解説本が山積みになりました。
社会問題と悲劇
単なるブームでは済まされない側面もありました。
新興宗教の台頭
終末思想は人々の不安を煽り、特定の宗教団体への入信を加速させる要因となりました。
1999年7月の異様な空気
実際にその時が近づくと、テレビ特番が組まれ、街中にはどこか浮足立ったような、あるいは諦めたような独特の空気が漂っていました。

そして、1999年8月1日がやってきた
結局、何も起きませんでした。
あの日、世界中の人々が空を見上げ、何事もなく夜が明けたことに安堵し、あるいは騙されたと肩を落としました。
しかし、この騒動は単なる笑い話ではありません。
不確かな未来に対する日本人の集団心理を浮き彫りにした歴史的な出来事だったと言えるでしょう。

筆者のひとりごと
私ごとですが当時、五島勉氏のノストラダムスの大予言の本を読みましたが、怖くて眠れない日々が続きました。
今、振り返れば笑い話かもしれません。
しかし、形を変えた予言は今も溢れています。
AIが人類を滅ぼす、〇〇年に大地震が来る…
もちろん備えは必要です。
しかし、予言に振り回されて今、を投げ出してしまうのは、1999年に私たちが学んだ最大の教訓に反することではないでしょうか。
未来を当てることより、どんな未来が来ても歩ける足を鍛えること。
あの1999年の奇妙な夏を思い出すたび、私はそう自分に言い聞かせています。
さて、皆さんはあの時、どこで何をしていましたか?


