
中学時代の修学旅行。
それは多くの人にとって、友人との絆を深める輝かしい10代の1ページです。
しかし、私にとってのその記憶は、鮮やかな新緑や雪景色の美しさではなく、背筋を凍らせる「異界」との遭遇として刻まれています。
目的地は、長野県。
信州の山深く、文明の明かりが届かないような場所に建つ、古びたホテルでの出来事でした。
到着した瞬間の「違和感」
バスが山道をうねるように進み、ようやく到着した宿泊先。
標高の高いその場所は、空気こそ澄んでいましたが、エントランスをくぐった瞬間に私は言いようのない「嫌な予感」を覚えました。
空気が、異様に重い。
霊感が強い体質の私は、幼い頃から場所の持つ「気」に敏感でした。
しかし、せっかくの修学旅行です。
クラスメイトたちがはしゃぐ中、一人で怖がって水を差すわけにはいきません。
「山奥だから空気が冷たいだけだ」「気のせいだ」と自分に言い聞かせ、無理やり意識を賑やかな会話へと向けました。
しかし、その直感は、数時間後に最悪の形で的中することになります。

漆黒の闇を抜けて、体育館へ
夕食を終え、夜のメインイベントである「学年集会」の時間がやってきました。
クラスごとの出し物で友情を深めるという、修学旅行の定番プログラムです。
会場はホテルに隣接する大きな体育館。
300人を超える生徒と教師が収容できる広さがありましたが、そこへ向かう道中がまず異常でした。
ホテルの建物を出ると、そこには文字通りの「漆黒」が広がっていました。
街灯もまばらな中、体育館へと続く道は、吸い込まれるような闇。
生徒たちの話し声だけが響くその空間で、私は誰かに見つめられているような、あるいは何かが周囲を取り囲んでいるような気配を肌で感じ、生きた心地がしませんでした。
体育館の天井に蠢く「霧」の正体
体育館に入ると、煌々と照らされた照明に少しだけ安堵しました。
1クラスずつ舞台に上がり、ダンスや劇などの出し物を披露していきます。
会場内は笑い声と拍手に包まれ、一見すればどこにでもある平和な光景でした。
しかし、プログラムが終盤に差し掛かった頃です。
突如として、私の体に「限界」とも言える激しい寒気が襲いかかりました。
体育館の室内ではそれほど寒さは感じなかったと思いますが、ガタガタと震えが止まらないほどの冷気。
そして、全身の毛穴が逆立つような鳥肌が立ちました。
何かに導かれるように、私は体育館の高い位置にある小窓を見上げました。
夜の闇を切り取るはずのその窓が、白く、濁っている。
それは外の霧ではありませんでした。
窓の一面を覆い尽くすように、「霧のような塊」がうごめいていたのです。
それは一つや二つではありません。
何十、何百という「霊体」が、まるで体育館の中を覗き込むように、あるいは降りてこようとするかのように、小窓の向こう側にひしめき合っていました。
霊感の強い私には、間違いなく確信がありました。
彼らは、楽しげな300人の生者のエネルギーに引き寄せられ、そこに集まっていたのです。
その圧倒的な数と、冷徹なまでの存在感。
これが、私の人生において後にも先にも経験したことのない「最強の恐怖体験」となりました。

筆者のひとりごと
大人になってから、ふとしたきっかけで当時の宿泊先を調べてみたことがあります。
すると、驚くことにそのホテルは、地元でも有名ないわく付きの場所として知られていたのでした。
心霊現象の目撃談が絶えず、中にはその土地の歴史に深く根ざした因縁を語るものもありました。
あの時、私が感じた鳥肌と、あの窓を埋め尽くした霊体たち。
気のせいで済ませるには、あまりに鮮明すぎる記憶です。
思春期の多感なエネルギーが、あのような深山の孤絶した場所で、異界の扉を少しだけ開けてしまったのかもしれません。
今思い返せば、あの真っ暗な道中も、彼らにとっては通り道だったのでしょう。
怖かった思い出ではありますが、同時に自分には確かに視える世界があるということを決定づけた、忘れられない10代の春の夜。
皆さんの修学旅行の思い出の中に、説明のつかない寒気を感じた瞬間はありませんでしたか?
もしかすると、その時のあなたも、私と同じように彼らの視線の中にいたのかもしれません。


