
1. あの大騒動を覚えていますか?
漫画『私が見た未来』で知られる、元漫画家のたつき諒氏。
2025年7月5日に「本当の大災難」がやってくるという予言は、SNSやYouTubeで大きな波紋を呼びました。
「フィリピン海が破裂する」「巨大な津波が襲う」……
そんな不気味なフレーズに、不安を感じて防災グッズを買い込んだ方も多かったのではないでしょうか。
しかし、2026年を迎えた今。
私たちはこうして平和にブログを読んでいます。
そう、あの日、予言されていたような「地球規模の大災難」は起こりませんでした。
2. なぜ予言は「外れた」のか?
「ハズレ」と一言で片付けるのは簡単ですが、そこにはいくつかの視点があります。
科学の勝利とデマの境界線 気象庁や地震学者が繰り返し伝えていた通り、現代の科学で「○月○日に地震が来る」と予知することは不可能です。
科学的根拠のない情報が、ネットの拡散力によって「確定事項」のように扱われてしまった側面があります。
解釈のすり替え(後出しジャンケン?) 予言が外れた後、ネット上では「実は大津市の火災のことだったのでは?」や「精神的な津波という意味だった」といった、こじつけに近い「再解釈」も散見されました。
しかし、当初恐れられていた「物理的な大津波」がなかったのは事実です。
「夢」という曖昧さ たつき氏本人は、あくまで「自分が見た夢の記録」として発表しています。
それを「絶対的な予言」として祭り上げたのは、周囲のメディアや私たち受け手側だったのかもしれません。

3. 「外れた」からこそ得られたメリット
予言自体は外れましたが、あの大騒動が完全に無駄だったわけではありません。
- 防災意識の向上 「2025年7月」をきっかけに、備蓄を見直したり家族と避難場所を確認したりした人は多いはず。
- 空振りに終わったとはいえ、その準備は決して無駄にはなりません。
- 情報の取捨選択(リテラシー)の学び オカルトや都市伝説をエンタメとして楽しむのは良いですが、それを生活の指針にしすぎることの危うさを、私たちは身をもって学びました。
まとめ・未来を作るのは「予言」ではなく「準備」
「予言が当たらなくて本当によかった」。
これが正直な感想ではないでしょうか。
たつき氏の予言は、結果として「空振り」に終わりました。
しかし、日本は常に災害と隣り合わせの国です。
予言の日付が過ぎたからといって油断するのではなく、「予言に頼らず、科学的な備えを続ける」ことこそが、私たちが得た教訓と言えるでしょう。

筆者のひとりごと
私も夢と現実のはざまに、不思議な力が働いているのでは、と考えていますが、予言というものは何故か初回は当たるみたいです。
ですが、2回目はなかなか当たらなくなるようで、色々調べてみると初回とは今まで何回〜何十回発信していて、初めて当たって話題の人になり、初めての登場で初回は当たる..となるみたいです。
怖いのは、ハズレたあとも呪縛のようにこの予言は残り続け、この日から始まる警告とか、日にちや年度がづれて数年後だとか、たまたま近い日に地震が起きたので、やっぱり何かが起こりそうだとか、すり替え置き換えの法則が働いてしまい、本来の予言がまったく違ったものになり、何か起きた際にその事象を当てはめる事です。
所詮、お金儲けでそのネタを投稿者がアレンジしたものがほとんどだと思いますので、エンタメ程度に楽しむ程度で怖がる必要は一切無いと考えています。


