「来世の自分」のために種まきを

人生の後半戦

「来世の自分」のために、今からできる3つの種まき

​ある程度の年齢を重ねてくると、ふとした瞬間に「自分の人生の幕引き」や「その先」について考えることが増えてきませんか。

​若い頃は、自分のキャリアや財産、目に見える成果を追い求めることに必死でした。

しかし、人生の折り返し地点を過ぎた今、本当に大切なのは「何を手に入れたか」ではなく「何を置いていくか」ではないかと感じるのです

​仏教では、い行いが幸運をもたらすことを「とくを積む」と言います。

来世というものがあるならば、今の自分が行う「種まき」は、未来の自分への最高の贈り物になるはずです。

​では、具体的にどのような「種」をけばよいのでしょうか?

今日からできる、具体的な徳積みの形を3つに整理してみました。

​1. 体施たいせ:身体を使って動く

​特別な能力やお金がなくてもできる、最も尊い徳積みの一つです

  • 近所のゴミ拾い: 散歩のついでに一つだけゴミを拾う。それだけで、その場所の気が浄化じょうかされます。
  • 後輩や次世代じせだいへの手助け: 自分の経験を惜しみなく伝え、相手が動きやすいようにサポートする。
  • 公共の場を美しくする: 外出先のトイレを少し綺麗きれいにしてから出る。

次に使う誰かのための小さな種まきです。

2. 和顔愛語わげんあいご:表情と言葉の種まき

これは人間関係において最も強力な徳積みです

  • おだやかな笑顔を向ける: 相手の心を和ませる笑顔は、それだけで立派な布施ふせになります。
  • 「ありがとう」を先出しする: サービスを受けた時、家族に対して、当たり前と思わずに感謝を言葉にする。
  • 否定ではなく肯定こうていを届ける: 誰かの欠点を探すのではなく、良いところを見つけてめる。

言葉の種は、必ず自分に返ってきます。

3. 意施いせ:心の中で祈る

​目には見えませんが、心の持ちようも大きな徳になります

  • 他人の幸せを喜ぶ: 誰かの成功や幸せをニュースで見た時、「良かったね」と心から念じる。
  • 見返りを求めない: 「これだけやってあげたのに」という執着を手放し、「させていただいてありがたい」という謙虚けんきょな心を持つ。

今日いた種が、未来の自分を助ける

​「徳を積む」といっても、何も聖人君子せいじんくんしになる必要はありません。

大切なのは、「自分さえ良ければいい」という思考から、少しずつ「誰かのために」という思考へシフトしていくことです。

​人生の後半にいた種は、すぐにはが出ないかもしれません。

しかし、その根は静かに大地(来世や未来)に伸び、いつか必ず豊かな実りとなって、あなたを、そして大切な人たちを助けてくれるでしょう

​今日、あなたはどんな種をきましたか?

私は、この記事を読んでくださったあなたの今日が、少しでもおだやかになることを願って、この言葉を置いておきます。

筆者のひとりごと 

「徳を積む」と聞くと難しく感じますが、要は「自分以外の誰かが、ちょっとだけ得をする」ように動くことなのだと感じました。

  • 体施たいせ 自分が去った後を、来た時より少し綺麗にする。
  • 和顔愛語わげんあいご 相手の心に、一輪の花を添えるような言葉を贈る。
  • 意施いせ 誰かの幸せを、自分のことのようにそっと祈る。

こうした小さな種まきは、未来の自分への投資であると同時に、今の自分のトゲを丸くし、心を穏やかに整えてくれる「最高のご自愛」でもありますね。

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